犬にはスピリチュアルな力や魂がある?
宗教的観点:犬に魂はある
数年前まで、カトリック教会と多くの教会信者は動物にはスピリチュアルな力や魂はないと認識していました。しかし、直近の3人の教皇のうちの2人、ヨハネ・パウロ2世とフランシスコ1世はこの認識を変えました。彼らは、生き物として動物には「天国に居場所」があると主張したのです。
多くの牧師や司祭たちは、ローマカトリック教会の信奉者たちがペットと共にミサに参加するように促しています。それは犬が家族の一員と見なされてきているという理由だけではありません。聖職者たちはペットには人と同じようにスピリチュアルな力や魂があると主張しているからです。
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犬は孤独な人、悲しんでいる人、病気の人の助けになるため、犬にも天国に居場所があるとカトリック教会は考えています。もちろん、すべての人が犬にはそのような力や魂があると考えているわけではありません。
この最初の一歩を踏み出したのはヨハネ・パウロ2世でした。彼は、「動物は神から命の息吹を受けた」と明言しました。彼の言葉により、神学者、宗教的な人々、生態学者、そして無神論者の間で議論が始まったのです。
議論
90年代初頭当時、論争はメディアの目に留まりました。そして、メディアは「ローマ法王、動物にも天国の門を開く」や「獣にも人のような魂がある」といった報道をいたのです。
ヨハネ・パウロ2世として知られているカロル・ヴォイティワは、後に彼の言葉は聖書に基づいていると言いました。特に、人間と動物を区別することなく、人間は全ての動物との連帯性を考慮すべき点に触れました。
時の経過とともにこの論争が議題に上がることは減り、フランシスコ1世が「死後の世界は信者だけの特典ではなく、動物にも与えられるもの」と言うまでの約20年間、この論争が「解凍」されることはありませんでした。
動物と自然の守護聖人であるアッシジのフランチェスコからその名を取ったローマ教皇の見解は明確でした。それは、「天国は全ての生き物に開かれている。そして、神の祝福と愛を制限なしに受ける」というものでした。
興味深いのは、前教皇ベネディクト13世は愛猫家ではありながらも、動物の生命は地球上での1回に「限られた」ものと示していた点です。
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その他の宗教
このことに関して、カトリック教以外の信仰ではどのように言及されているかを知ることは興味深いものがあります。例えば、仏教では誤った行動を起こしたものは、次は動物として生まれ変わると信じられています。イスラム教では、人間はすべての動物に慈悲を持つべきであると主張し、ユダヤ教では動物に対しての思いやりを大切にしています。しかし、どの信仰にも、犬にスピリチュアルな力や魂といったものがあるかについての直接の答えは見当たりません。
神学的観点:犬に魂はある
この主張を掘り下げ続けるには犬の行動について考える必要があります。今まで何度か述べたように、犬には善と悪の区別がつきません。
犬がいたずらをしたとき、罪悪感を覚えるのは確かですが(特に飼い主に叱られると)、行動をしている最中にその行動の道徳的意味を考えているわけではありません。犬は本能、経験、あるいは習慣により行動しているのであり、スピリチュアルな力や魂はもちろん、推論によって導かれて行動を起こしているわけではないのです。
一方で、犬の飼い主の言葉に耳を傾けるのは良いことです。飼い主は、犬には子どもと同じようにスピリチュアルな力や魂が宿っていると主張しています。それは、犬の優しさ、創造力、無条件の愛を感じることができるからです。
もし本当に犬にスピリチュアルな力や魂があるのであれば、死後に天国に行くのでしょうか?ある子どもの映画ではそう語られています。もし本当にそうなのであれば、大切な家族の一員を無くしてしまった飼い主は安心して愛犬との思い出を振り返ることができますね。
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